カッシーナ（Cassina）：イタリア家具の頂点に君臨する至高のブランド
はじめに：家具界の王様
家具に少しでも興味がある人なら、「カッシーナ（Cassina）」という名前を一度は聞いたことがあるでしょう。イタリアを代表する高級家具メーカーとして、そしてモダンデザイン家具の最高峰として、カッシーナは世界中の家具愛好家、デザイナー、建築家、そしてセレブリティから絶大な支持を受けています。
その製品は、単なる家具の域を超え、芸術作品として世界中の美術館に収蔵されています。ニューヨーク近代美術館（MoMA）をはじめとする一流の美術館が、カッシーナの家具をコレクションしているという事実が、このブランドの文化的価値の高さを物語っています。
歴史の始まり：教会の木製椅子から世界的ブランドへ
カッシーナの起源は17世紀まで遡り、イタリアで教会の木製チェアの製造から始まりました。その後豪華客船の内装などを手掛けることで、確かな技術力を確立していきました。
1927年、北イタリア・ミラノ近郊のメーダにおいて、チェーザレとウンベルトのカッシーナ兄弟によって「アメデーオ・カッシーナ」社として正式に設立されました。創業当初は手工業的な生産でしたが、カッシーナ兄弟は時代の変化を敏感に読み取っていました。
第二次世界大戦後、世界は大量生産時代へと突入していきます。カッシーナ社は外部のデザイナーとのコラボレーションを開始し、多様な家具を生産するようになり、その規模と名声を拡大していきました。これは当時としては革新的なアプローチでした。従来の家具製造は職人が設計から製造まで一貫して行うことが一般的でしたが、カッシーナはデザイン部門と製造部門を分離し、外部の才能あるデザイナーと協働する道を選んだのです。
転機となった巨匠との出会い
カッシーナの名を世界に轟かせる転機となったのが、1950年代の「イタリア建築・デザイン界の父」と称されるジオ・ポンティとの出会いでした。
1957年に発表されたジオ・ポンティデザインのSUPERLEGGERA（スーパーレッジェーラ）は、軽さと美しさの極限に挑戦した椅子です。一般的な木製の椅子は軽くても3,000グラム以上ありますが、イタリア語で超軽量を意味するスーパーレッジェーラは、名前どおりわずか1,700グラムしかありません。
指一本で持ち上げられるこの驚異的な椅子は、カッシーナの技術力とデザイン力を世界に知らしめました。軽量でありながら強度を保ち、しかも美しい。この相反する要素を高い次元で融合させることができるのは、卓越した職人技術と革新的な設計思想があってこそでした。
イ・マエストリ・コレクション：巨匠たちの遺産を守る
カッシーナの真の偉大さは、1964年にル・コルビュジエがデザインした4種の家具を製造・販売する独占契約を結び、「カッシーナ・イ・マエストリ・コレクション」を発表したことにあります。
このコレクションは、20世紀を代表する建築家やデザイナーが手掛けた名作家具を、オリジナルに忠実に復刻するプロジェクトです。LC1、LC2、LC3アームチェア（「グランドコンフォート」として知られるシリーズ）、およびLC4デッキチェアが含まれ、今日においてもカッシーナ社は、ル・コルビュジエ・デザインの世界的なライセンシーです。
イ・マエストリ・コレクションには、ル・コルビュジエだけでなく、ヘーリット・トーマス・リートフェルトやチャールズ・レニー・マッキントッシュなど、建築史に名を刻む巨匠たちの作品が含まれています。これらの家具は単なる復刻品ではありません。相続人や財団と協力して歴史的に真正な調査を行い、オリジナルの設計思想を現代に蘇らせているのです。
このコレクションの存在意義は、時代を超えて受け継がれるべき優れたデザインを後世へと伝えていくという文化的役割にあります。カッシーナは単なる家具メーカーではなく、デザイン文化の保護者でもあるのです。
コンテンポラリー・コレクション：現代デザインの最前線
一方で、カッシーナは過去の遺産に安住することなく、常に現代の最先端を走り続けています。コンテンポラリー・コレクションは、現代の注目建築家・デザイナーとのコラボレーションを具現化したものです。
1979年にコンパッソ・ドーロ賞を受賞したマラルンガソファは、背もたれに組み込まれた自転車のチェーンを動かしてさまざまな位置に調整できる画期的なデザインで、世界中の市場で人気を博しました。このソファは、伝統的なスタイルを現代風にアレンジしたもので、親しみやすい外観と機能性が見事に融合しています。
また、ピエロ・リッソーニやフィリップ・ユーレルなど、現代を代表するデザイナーたちとの協働により、常に新しい提案を続けています。カッシーナは、過去の栄光に留まることなく、「今」と「未来」を常に見据えているのです。
カッシーナの技術力：職人技とテクノロジーの融合
カッシーナの家具が他と一線を画す理由は、そのデザイン性だけにあるのではありません。カッシーナの魅力は優れたデザイン性だけではなく、家具に使用する素材へのこだわりと、伝統の木工技術の巧みさにもあります。カッシーナの職人たちは、デザイナーが求めたディテールを忠実に再現し、また、革などの素材への妥協も許しません。
木材、レザー、ファブリック、金属パーツに至るまで、使用する素材はすべて厳選された最高品質のものです。イタリアンレザーの柔らかく深みのある質感、木材の自然な美しさを活かした仕上げ、金属パーツの精密な加工。これらすべてが、カッシーナの家具に独特の存在感を与えています。
金型にポリウレタンフォームを注入して成型する新しい加工方法を応用して、大量生産への道を開くために、C&B（Cassina & Busnelli）社が設立されました。技術革新にも積極的に取り組み、1969年には研究センターを設立し、革新的で実験的な製品研究を行ってきました。
現代においても、カッシーナは最先端のテクノロジーと伝統的な職人技を融合させています。高水準のテクノロジーによる精密な加工と、アルチザン（職人）の手仕事による仕上げ。この両立こそが、カッシーナの製品に普遍的なクオリティをもたらしているのです。
文化との深い関わり
1972年、ニューヨーク近代美術館（MoMA）の展覧会 “Italy: the New Domestic Landscape” では、共催にあたりました。また、1991年はカッシーナ社としてコンパッソ・ドーロ賞を受賞しています。
カッシーナは単なる商業的成功を超えて、イタリアのデザイン文化そのものを代表する存在となっています。2008年にはミラノで「メイド・イン・カッシーナ」展を開催し、日本にも巡回しました。このような活動を通じて、カッシーナは家具デザインの価値を広く社会に伝える役割も果たしています。
さらに、カッシーナはファッション界の巨匠カール・ラガーフェルドとのコラボレーションも実現しています。彼が家具ブランドとパートナーシップを組んだのは、キャリアの中で初めてのことでした。これは、カッシーナのブランド力と文化的影響力の大きさを示すエピソードです。
日本との深い関係
日本におけるカッシーナの歴史は、1980年に「株式会社カッシーナ・イクスシー」が設立されたことから本格的に始まります。カッシーナ・イクスシーは、本家カッシーナの正規輸入代理店であり、世界で唯一ライセンス生産を行うことを許された特別な存在です。
2008年には、Cassina ixc（カッシーナ・イクスシー）社の伊勢崎工場が操業を開始しました。日本国内でカッシーナの家具を製造できるということは、それだけ日本の職人技術が評価されている証でもあります。
カッシーナ・イクスシーは、カッシーナの製品を日本に紹介するだけでなく、日本人デザイナーとのコラボレーションも実現しています。高濱和秀など、日本人デザイナーの作品がカッシーナのコレクションに加わったことは、日本のデザイン文化がグローバルに認められた象徴的な出来事でした。
価格について：なぜカッシーナは高価なのか
カッシーナの家具は決して安くありません。マラルンガは2、3人がけで100万～120万円ほどです。日本のブランド家具と比べて倍以上の価格で販売されることも珍しくありません。
なぜこんなにも高価なのかというと、違いはブランド力です。イタリア家具はブランド力が高く、世界中で認められている家具界の王様なのです。しかし、それは単なるブランドプレミアムではありません。
高価格の背景には、厳選された最高品質の素材、熟練職人による手仕事、デザイナーへのライセンス料、そして何よりも時間を超えて価値を保ち続ける普遍的なデザインがあります。カッシーナの家具は、購入時点で完成するのではなく、使い込むほどに味わいが深まり、価値が増していくのです。
実際、良好な状態で保管されたカッシーナの家具は、セカンドハンド市場でも高値で取引されます。特にヴィンテージのイ・マエストリ・コレクションは、骨董品としての価値も持ち合わせており、投資対象としても注目されています。
サステナビリティへの取り組み
現代において、カッシーナは環境問題にも真剣に取り組んでいます。カッシーナ・ラボは、ミラノ工科大学との共同研究により、革新的で持続可能な素材を開発し、ウェルビーイングを促進する新しいデザインを開発しています。
長く使える質の高い家具を作るということは、それ自体が最も効果的な環境保護になります。使い捨ての安価な家具を何度も買い替えるのではなく、一生もの、あるいは世代を超えて受け継がれる家具を選ぶ。このライフスタイルこそが、真に持続可能な社会の実現につながります。
カッシーナの家具は、修理やメンテナンスが可能な構造になっており、パーツの交換もできます。祖父母の時代から使われてきたカッシーナの椅子が、孫の世代でも現役で活躍している。そんな光景は、持続可能な消費の理想的な姿を示しています。
カッシーナが創り出す空間
カッシーナの家具を一つでも空間に置くと、その場の雰囲気が一変します。それは単に高級感が増すということではありません。デザインの持つ力が、空間全体を調和させ、そこに住む人々の生活の質を向上させるのです。
モダンな住宅にも、伝統的な和室にも、カッシーナの家具は不思議と調和します。それは、デザインの本質が普遍的だからです。流行に左右されない、時代を超えた美しさ。機能性と芸術性の完璧な融合。これらが、カッシーナの家具に独特の存在感を与えています。
結びに：一生ものの選択
カッシーナの家具を選ぶということは、単なる買い物ではありません。それは、質の高いものを長く大切に使うという生き方を選ぶこと、そして日々の暮らしの中に本物の美しさと快適さを取り入れることです。
カッシーナの魅力を一言で言うと「カッシーナにしか創り出せない本物のデザインと妥協のない品質」でしょう。90年以上の歴史が証明するように、真に優れたデザインは決して古びることなく、むしろ時間とともにその価値を増していきます。
イタリアはデザイン王国であり、世界中の一流デザイナーが自然とミラノを目指します。そのイタリアで最高峰とされるカッシーナは、まさに「家具界の王様」と呼ぶにふさわしい存在です。
カッシーナの家具と共に暮らすということは、毎日芸術作品に囲まれた生活を送るということです。朝食を食べる椅子が美術館に収蔵されているデザインであり、リビングのソファが建築の巨匠による傑作である。そんな贅沢な日常を、カッシーナは可能にしてくれるのです。
