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マルニ木工の家具の魅力 – 広島から世界へ、96年の技術と美意識の結晶

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マルニ木工の家具の魅力 – 広島から世界へ、96年の技術と美意識の結晶

宮島の木工芸から始まった革新の物語

 

1928年、広島県廿日市市で誕生したマルニ木工の前身、昭和曲木工場。創業者である山中武夫は、少年時代を過ごした広島県の宮島で、木を用いた伝統工芸が「まるで手品のように自在に形を変えていく木の不思議さ」に魅了されました。世界遺産である厳島神社に代表される宮島は、鎌倉時代に神社を建てるために全国から大工や指物師が集まった影響もあり、宮島細工などの木の持ち味を生かした伝統工芸が盛んな島でした。

山中武夫はその後、当時としては技術難度の高い「木材の曲げ技術」を確立し、それまで手工業の域を出なかった日本の家具工業に対して、「工芸の工業化」をモットーに「職人の手によらない分業による家具の工業生産」を目指しました。この革新的な発想こそが、マルニ木工を日本を代表する家具メーカーへと成長させる原動力となったのです。

 

「技術のマルニ」を支える卓越した木工技術

 

戦後、マルニ木工は木材の人工乾燥技術の研究開発を始め、高度な木工加工表現のため新技術を開発導入し、合理的な生産方法の習得など材料から完成まであらゆる工程での改革を進め「技術のマルニ」と評される礎を築きました。

マルニ木工の技術力の高さを象徴するのが、創業当初から受け継がれる曲木技術です。木材を蒸気で熱して曲げることで、削り出しでは実現できない優美な曲線と、構造的な強度を両立させることができます。この技術は単に伝統を守るだけでなく、時代とともに進化を続けてきました。

さらに特筆すべきは、木材の選定と製材へのこだわりです。「柾目(まさめ)」と呼ばれる直線的な木目の材は、その見た目の美しさはもちろん反りや縮みが少ないという特徴があります。丸太の中心を通るように切り出すため一本の丸太から取れる量が少なく希少な材ですが、マルニ木工は長年培った確かな目利きによって選定し、一本の材からより多くの部位を正確に無駄なく切り出す木取りの工程を重視しています。

木という天然素材を相手に、均一で美しい製品を量産することは並大抵のことではありません。しかし、マルニ木工のノウハウとチャレンジ精神が、この困難な課題を克服してきました。デザインと木加工、双方の美意識が見事に重なり合った結果です。

トラディショナル家具で築いた黄金時代

 

1968年に開発したトラディショナル家具は「日本の洋家具史上最大のヒット」として今も知られ、日本におけるトラディショナル家具の代表的ブランドになると同時に、伝統的な美しさを生み出す良質な家具メーカーとして成長しました。

「ベルサイユ」に代表されるトラディショナルシリーズは、18世紀フランスのクラシック家具ロココ風の様式を基調とし、その伝統を現代に再現したものです。職人の卓越した技術により木部の彫刻や猫脚のスタイルなど、随所に細やかな配慮が表現されています。発売当時、大反響を呼びマルニを代表する製品となりました。

「ブリタニア」シリーズでは、英国トラッドのスタイルをベースとしながら、植物の持つ「生命感、みずみずしい艶感、優美な曲線」をモチーフに日本人の生活スタイルと感性にあったトラディショナル家具を生み出しました。上質な木材と高品質なベルギー製の最高級ファブリックを採用し、複数の熟練クラフトマンが関わって格調高い家具を作り上げています。

1980年代、バブル景気を背景に、マルニ木工はトータルコーディネートという概念を提案し、統一感のあるインテリア家具を世に送り出すことに成功しました。この時期が、マルニ木工の売上がピークを迎えた黄金時代でした。

 

危機からの原点回帰と世界への挑戦

 

しかし1990年代以降の市場経済変化に対応するうちに、ともすれば「美しい家具を」という思いが風化してしまいかねないことに強い危機感を抱きました。バブル崩壊後の不況により、事業は大きなダメージを受けます。そこでマルニ木工は、「マルニ木工が作るべきものとは何か」と今一度「木」と向き合うことを決意しました。

そこで始めたのが原点回帰の取り組みです。開発パートナーとしてプロダクトデザイナーの深澤直人を迎え、100年使っても飽きのこないデザインと堅牢さを兼ね備えた家具づくりを目指し、2008年に「MARUNI COLLECTION」を発表しました。国際的なデザイン感覚と日本独自の木に対する美意識、そして精緻なモノ造りの技を融合した、マルニ木工にしか生み得ない「日本から世界に発信する家具」が誕生したのです。

 

「HIROSHIMA」- 世界の定番となった名作

 

MARUNI COLLECTIONの代表的なアイテムとして発表した「HIROSHIMA」は、精緻で優れたデザインの代表格として、2009年4月のミラノサローネで世界に初めてお披露目されました。それ以降、現代における名作椅子として高い評価を受け、世界中のプロジェクトで採用されています。

HIROSHIMAの特徴は、背もたれとアームが一体となった美しいカーブと、無塗装に近い木肌の仕上げです。触れた時に手に吸い付くような滑らかさは、熟練の職人によるきめ細やかな研磨の賜物です。シンプルでありながら、日本の美意識を体現したこのデザインは、グローバルなデザイン感覚と日本の木工技術の融合を見事に表現しています。

約1万2000人の社員が働く広大なアップル本社Apple Parkには、HIROSHIMAアームチェアが数千脚もカフェテリアやオフィスで愛用されています。また、2023年5月に開催されたG7広島サミットの首脳会議では、会議テーブルに首脳陣が揃って座る椅子として採用され、バイデン米大統領をはじめとする各国の首脳がこのHIROSHIMAアームチェアに座り円卓を囲みました。紛れもなく、「世界の定番」として認められた瞬間でした。

2020年にはグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞し、現在では世界30カ国以上で展開されるまでに成長しました。マルニ木工だからこそ生み出すことのできた、日本から世界へ拡がってゆく家具であり、匠の技が生んだ美しさの結晶です。

温故知新を体現する多様なコレクション

 

マルニ木工の魅力は、トラディショナルとモダンという相反する要素を、高い技術力で両立させている点にもあります。MARUNI COLLECTIONでは、深澤直人氏に加えて、国際的なプロダクトデザイナーであるジャスパー・モリソン氏、セシリエ・マンツ氏が開発パートナーとして参加しています。

一方で、1960年発売の応接セット「みやじま」を2006年に「マルニ60」として復刻するなど、過去の名作を現代に蘇らせる取り組みも行っています。アメリカや北欧のヴィンテージ家具と共通した趣のある、モダンな雰囲気のデザインが特徴で、レトロとコンテンポラリーが融合した独特の魅力を放っています。

広島という土地が育んだ美意識

 

 

マルニ木工は1928年に広島で生まれました。森に囲まれ、海を望み、季節が巡るこの地。宮島を持つ、広島に根ざしていることには大きな意味があります。「美しく在ること」という理念は、自然との調和、気配を纏うこと、静寂をもたらすこと、流れるようなリズムを感じること、触れた時に心が豊かになることなど、目に見えない美意識を形にする使命として、モノづくりに込められています。

広島という土地の歴史と文化、そこに息づく職人技術が、マルニ木工の家具に独特の品格と温かみを与えています。西洋由来の家具デザインを日本の感性に合わせて最適化し、住空間になじませる技術は、この地で培われた美意識の賜物なのです。

まとめ – 100年後も愛される家具を目指して

マルニ木工の家具作りの根底にあるのは、「100年経っても世界の定番として愛される、精緻で優れたデザインの木工家具をつくり続け、何気ない日常を美しく心豊かにする」という哲学です。

宮島の木工芸に魅了された創業者の想いから始まり、「工芸の工業化」という革新的な挑戦、トラディショナル家具での成功、バブル崩壊後の原点回帰、そして世界への挑戦。96年の歴史は、常に時代と向き合い、木と対話し続けてきた軌跡です。

「技術のマルニ」と評される卓越した木工技術、柾目材へのこだわり、熟練職人による丁寧な仕上げ。そのすべてが、単なる家具ではなく、使う人の人生に寄り添い、時を経るごとに愛着が深まる「生涯の伴侶」となる家具を生み出しています。

HIROSHIMAがアップル本社やG7サミットで採用されたことは、マルニ木工の技術と美意識が世界最高水準であることの証明です。しかし、マルニ木工の真の価値は、そうした華々しい実績だけにあるのではありません。日本の家庭で、オフィスで、世界中の様々な場所で、マルニ木工の家具は静かに人々の暮らしを支え、心を豊かにし続けているのです。

今日も広島の工場では、職人たちが一つ一つ丁寧に木と向き合っています。その手から生まれる家具には、96年の歴史と、100年後への想いが込められています。

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