モルテーニ(Molteni&C)について
モルテーニ(正式名称:Molteni&C)は、1934年にイタリア・ロンバルディア州ジューゾで創業された高級家具メーカーです。90年近い歴史を持ち、特に収納システムとモジュラー家具の分野において革新的な製品を生み出してきました。イタリアンデザインの伝統と職人技術、そして現代的な機能性を融合させた製品で、世界中の洗練された空間に採用されています。住宅用家具からコントラクト(商業施設)用家具まで幅広く展開し、現在では世界80カ国以上で事業を展開するグローバルブランドとなっています。
創業から戦後の発展まで
モルテーニの歴史は、1934年にアンジェロ・モルテーニが北イタリアのブリアンツァ地方で家具工房を開いたことから始まります。ブリアンツァ地方は、ミラノ近郊に位置し、古くから家具製造の伝統が根付いた地域として知られていました。
創業当初は、伝統的な職人技術を用いた高級家具を手作業で製造していました。特に寝室家具やダイニング家具を中心に製作し、地元の富裕層から支持を集めていました。アンジェロ・モルテーニは、品質への妥協のない姿勢と、細部まで丁寧に仕上げる職人気質で知られていました。
第二次世界大戦後、イタリアは戦後復興の時期を迎えます。1948年、アンジェロの息子たちが経営に参画し、会社は新しい段階へと進みます。この時期、イタリアではモダンデザインの機運が高まっており、モルテーニも伝統的な家具製造から、より現代的なデザインへと方向転換を始めました。
1950年代は、イタリアンデザインの黄金期の幕開けでした。モルテーニは著名な建築家やデザイナーとのコラボレーションを開始し、機能主義的なアプローチを取り入れた製品開発を進めました。この時期に、単なる家具メーカーから、デザイン重視のブランドへと進化を遂げます。
革新の時代:1960年代から1980年代
1960年代に入ると、モルテーニは革新的な製品を次々と発表し、イタリア家具業界における地位を確立していきます。
1960年代の最も重要な開発が、モジュラー収納システムでした。それまでの固定的な家具とは異なり、個々のユニットを自由に組み合わせて壁面全体を構成できるシステムは、革命的なコンセプトでした。これは現代のシステムファニチャーの先駆けとなりました。
1969年には、建築家ルカ・メダがアートディレクターに就任します。メダは建築的な思考を家具デザインに持ち込み、モルテーニの製品に洗練された美学と機能性を与えました。彼のリーダーシップのもと、モルテーニは単なる家具メーカーから、トータルインテリアソリューションを提供するブランドへと変貌を遂げました。
1970年代には、ジオ・ポンティ、アフラ&トビア・スカルパといったイタリアデザイン界の巨匠たちとコラボレーションを開始しました。特にジオ・ポンティは、モルテーニのために数々の名作を残しており、「D.154.2」アームチェアなどは今日でも製造され続けています。
1979年、アルド・ロッシがデザインした「La Cupola」ブックシェルフは、建築的な要素を持つ記念碑的な作品として高く評価されました。ロッシは合理主義建築の巨匠であり、彼の建築哲学が家具デザインに反映された重要な作品です。
1980年代は、モルテーニがグローバルブランドへと成長する時期でした。国際的な展示会への出展を強化し、海外市場への進出を本格化させました。特にドイツ、フランス、アメリカ、日本などの市場で存在感を示すようになりました。
現代への進化:1990年代から2000年代
1990年代に入ると、モルテーニは製品ラインナップをさらに拡充し、リビング、ダイニング、ベッドルーム、オフィスまで、住空間全体をコーディネートできるトータルファニチャーブランドとしての地位を確立しました。
この時期、ヴィンセント・ヴァン・ダイセン、ロドルフォ・ドルドーニ、パトリシア・ウルキオラ、ジャン・マリー・マッソーなど、国際的に活躍するデザイナーたちとのコラボレーションが始まります。
1990年代の重要な開発の一つが、「505」収納システムです。このシステムは、完全にカスタマイズ可能なモジュラー構造を持ち、扉、引き出し、オープン棚などを自由に組み合わせられます。壁付けタイプから自立タイプまで、様々な構成が可能で、住宅から商業施設まで幅広く対応できる柔軟性を持っています。
2000年代には、コンテンポラリーデザインの追求がさらに加速しました。ミニマリズムと機能美を融合させた製品が次々と発表され、モルテーニのスタイルは「モダン・エレガンス」として確立されていきます。
2002年には、建築家**フォスター・アンド・パートナーズ(ノーマン・フォスター)**とのコラボレーションが始まり、建築とインテリアの一体化という新しいアプローチが導入されました。
ジオ・ポンティとの特別な関係
モルテーニを語る上で欠かせないのが、イタリア建築界の巨匠**ジオ・ポンティ(1891-1979)**との関係です。ポンティは20世紀イタリアを代表する建築家・デザイナーで、ミラノのピレッリタワーなどの名建築を手がけました。
1930年代から1970年代にかけて、ポンティはモルテーニのために数多くの家具をデザインしました。彼の作品は、エレガンスと機能性、伝統と革新を完璧に融合させたものでした。
「D.154.2」アームチェアは、1950年代にデザインされた名作で、細身の木製フレームと布張りのクッションが特徴です。軽やかでありながら構造的に強固なこのチェアは、ポンティの「最小の素材で最大の強度と美しさを」という哲学を体現しています。
「D.555.1」テーブルは、蝶々の羽のような天板と彫刻的な脚部が特徴的なダイニングテーブルです。
2012年、モルテーニはポンティ家と正式な提携を結び、「Gio Ponti Collection」として彼の作品を体系的に復刻・製造する権利を獲得しました。これにより、ポンティの失われていた作品が次々と復刻され、新たな世代がその天才的なデザインに触れる機会が生まれました。
現在、60点以上のジオ・ポンティ作品がモルテーニによって製造されており、これは世界最大のポンティコレクションとなっています。
代表的なデザイナーとコラボレーション
ロドルフォ・ドルドーニは、1998年からモルテーニのアートディレクターを務めており、ブランドの方向性を決定する重要な役割を担っています。彼自身も多くの製品をデザインしており、「Chelsea」ソファ、「Tivoli」アームチェア、「Turner」ソファなど、数々の人気作品を生み出しています。
パトリシア・ウルキオラは、スペイン出身の女性デザイナーで、「D.859.1」アームチェアなど、ジオ・ポンティの作品の再解釈も手がけています。彼女の有機的で女性的なデザインは、モルテーニのコレクションに新しい息吹をもたらしました。
ヴィンセント・ヴァン・ダイセンは、ベルギー出身の建築家・デザイナーで、ミニマリズムと温かみを融合させた作品が特徴です。「Aster」ソファシリーズなど、シンプルでありながら洗練された製品を多数手がけています。
フォスター・アンド・パートナーズとの協働では、「Bridge」システムなど、建築的な視点から設計された大規模な収納システムが生まれました。
ジャン・マリー・マッソー、ハンネス・ウェットシュタイン、ニコラ・ガリツィアなど、国際的なデザイナーたちもモルテーニのコレクションに貢献しています。
代表的な製品シリーズ
「505」収納システムは、モルテーニの最も象徴的な製品です。1960年代に開発され、以来継続的に進化を続けています。完全モジュラー式で、扉の開き方(スイング、スライド、フラップ)、内部構成、仕上げ材(木材、ラッカー、ガラス、レザーなど)を自由に選択できます。住宅のリビング、ベッドルーム、オフィス、商業施設まで、あらゆる空間に対応できる万能システムです。
「Gliss Master」ワードローブシステムは、寝室向けの高級収納システムです。ウォークインクローゼットから壁付けワードローブまで、様々な構成が可能で、内部のアクセサリー(引き出し、ハンガーレール、靴収納など)も豊富に用意されています。
「Chelsea」ソファは、ロドルフォ・ドルドーニがデザインした代表作です。クラシックなチェスターフィールドソファを現代的に再解釈したデザインで、深いボタン留めとエレガントなプロポーションが特徴です。
「Filiforme」テーブルは、ジオ・ポンティの作品で、極めて細いテーパー脚と円形または楕円形の天板を組み合わせた軽やかなダイニングテーブルです。
**「Gio Ponti Collection」**は、ポンティの作品を体系的に復刻したシリーズで、チェア、テーブル、デスク、収納家具など多岐にわたります。
「Turner」ソファは、ロドルフォ・ドルドーニによる現代的なデザインで、ファブリックとレザーを組み合わせた洗練された外観と、快適な座り心地を両立しています。
製造技術とクラフツマンシップ
モルテーニの製造拠点は、創業の地であるジューゾを中心に、ブリアンツァ地方に集中しています。この地域は何世紀にもわたる家具製造の伝統があり、熟練職人が豊富です。
木工技術においては、無垢材の加工から突板の貼り付けまで、高度な技術を要する作業が熟練職人の手によって行われています。特に曲げ木加工や象嵌細工など、伝統的な技法も継承されています。
ラッカー仕上げは、モルテーニの得意分野の一つです。何層にも塗り重ね、研磨を繰り返すことで、深みのある美しい光沢を実現しています。色のバリエーションも豊富で、マットからグロス仕上げまで選択できます。
金属加工技術も重要です。収納システムの内部構造や、家具の脚部など、見えない部分にも精密な金属部品が使用されており、機能性と耐久性を支えています。
張り地の縫製においても、高い技術が要求されます。特にタフティング(ボタン留め)や複雑な曲面への張り込みなど、熟練の技が必要な作業が多くあります。
品質管理は厳格で、各工程でチェックが行われ、最終検査を経て出荷されます。
サステナビリティへの取り組み
モルテーニは、環境への配慮を重要な経営方針としています。
木材は、FSC認証またはPEFC認証を取得した持続可能な森林から調達することを原則としています。違法伐採材は一切使用しません。
製造過程では、水性塗料の使用拡大、VOC(揮発性有機化合物)の削減、エネルギー効率の向上などに取り組んでいます。工場では太陽光発電システムを導入し、再生可能エネルギーの利用を進めています。
製品の長寿命化も重要な戦略です。高品質な素材と丁寧な製造により、何十年も使い続けられる家具を提供しています。また、修理サービスも充実しており、部品交換や再仕上げによって製品寿命をさらに延ばすことができます。
梱包材についても、リサイクル可能な段ボールの使用、プラスチック使用量の削減など、環境負荷低減に努めています。
グローバル展開と現在
モルテーニは現在、世界80カ国以上で事業を展開しています。直営店とパートナーショールームを合わせて、世界中に数百の販売拠点があります。
フラッグシップストアは、ミラノ、ロンドン、パリ、ニューヨーク、東京、上海、ドバイなど、世界の主要都市に展開されています。特にミラノのショールームは、ブランドの本拠地として、最新コレクションと歴史的作品の両方を体験できる空間となっています。
コントラクト部門も強化しており、ホテル、レストラン、オフィス、高級住宅プロジェクトなどに製品を供給しています。世界中の高級ホテルや著名建築家が手がけるプロジェクトで採用されています。
日本市場においても、東京や大阪にショールームを展開し、日本の洗練された顧客層から高い評価を得ています。
ブランドの未来
現在もモルテーニ家によって経営されているモルテーニは、家族企業としての価値観を守りながら、グローバル企業として成長を続けています。
デジタル技術の活用も進めており、3Dコンフィギュレーターによるオンラインカスタマイゼーション、バーチャルショールーム、ARを使った空間シミュレーションなど、新しい顧客体験を提供しています。
若手デザイナーの発掘にも力を入れており、伝統を守りながらも常に革新を追求する姿勢を維持しています。
モルテーニは、90年近い歴史が培った職人技術とデザイン力、そしてイタリアンクラフツマンシップの精神を基盤に、これからも世界中の洗練された空間を彩る家具を提供し続けていくでしょう。